2013年12月16日
ゆぅるゆる釣り回想記 その2
ある日、父親に
「釣り行こうか」
と誘われました。
突然どうしたものかと。ちなみに父親は全く釣りなどしません。
話を聞くと、職場の若者が釣りが好きということでイロイロ聞いていると
・餌で釣らない
・大きいのは40cm以上ある
・ダムで釣れる
と言っていた。
で、父親は、んなあほな。
ということで、彼と空き時間に一緒にダムへ行ったそうです。
なにやらカラフルなゴム製の物に針を通し巻いてくる。
で、目の前で見事40upゲット。
そう、ブラックバスですね。
これには父親も、すんげ。
となったらしく、僕が普段釣りをしていることも知っていたため一回いって見ようぜ。
と、誘ってくれたわけです。
で、当日。その若者も一緒にきて、道具を見せてくれました。
スライダーワームみたいなんが、綺麗にいっぱい入ってたきがする。
さてさて、僕といえばどんな魚が釣れるかもわからないし、大きいらしいしでワクトキです。
隣でワームを投げる若者に対して、一応ダイワのファントムかなんかとスピニングを購入してきたらしい父親。
そのラインの先には、
ワリビシおもり
フック
に、ミミズ。
理由は
んなもん、餌の方が釣れるに決まっとる。
いや、ごもっとも。
で、適当にキャスとしてほっとく。
自分といえば、初めてだらけでなにもわからないまま見てただけのようなきがする。
で、しばらくすると地面にほっってあったロッドが
カタカタカタ、と揺れだした。
若者が あれ?それ食ってません?と。
父親が、
んじゃ、お前巻いてみ。と僕にロッドを渡してくれる。
ぎこちない巻き方でも、明らかになんかがかかっているのはわかる。
若者も おおぉ、掛かってる。とはしゃぐ。
どんな魚が釣れるのか。 ワクワクしながら、巻いてくると
バシャバシャ!っと魚がジャンプ。
なんじゃありゃ!
カワムツからの大出世に幼きめいるまん君大興奮。
で、無事ランディング。
35cm位でしたかね。
すると若者が、こうやって持つんだよと。
あの、下あご持ちです。
かっけえぇぇぇ!
恐る恐るもってみたあと。
そろそろ逃がす?と聞いてきた若者に
持って帰る。とめいるまん君
そりゃ、えっ!ってなりますわな。
しかし、こんな自慢材料学校持って行くしかありませんやん。
というわけで、
ダムからスーパー袋で自宅へ
自宅のバケツで夜を越し、翌日スーパー袋で学校へ
そのまま理科室の水槽へ
そりゃ、もうね
大スターですよ。
なんじゃこの魚はってね。
そして、このブラックバスに毒されていくめいるまんとその友人達・・・。
2013年11月18日
ゆるゆる釣り回想記 その1
どもです。
というわけで、ゆるゆる釣り回想記スタートです。
わたくし、めいるまん現在33歳 ♂
魚釣りとの出会いは、20数年前 小学四年生頃でした。
当時仲がよかった友人(今でも釣り仲間ですが)に誘われ、近所の川へ出かけました。
タックルはいたってシンプル。
のべ竿 ライン ウキ おもり 針
みたいな。
餌は、川で石をひっくり返しカワムシ等をつかまえてました。
自然豊かな(田舎ともいう)所にすんでおりますのでこの仕掛けで
カワムツ、アブラハヤ、ヨシノボリ
といった魚が普通に釣れました。
問題点は、餌を探すのが面倒&保証なし。といったところでしょうか。
しかし、その問題点も画期的発明により払拭されます。
当時、祖母がホンナモン、ご飯粒で釣れるわい。
といい放ち、少年達が開発したのは
小麦粉ネリネリ
小麦粉にお好みの量のみずを混ぜ合わせ練り上げたスペシャルだんごです。
まあ、ただの小麦粉です。
これで、普通に釣れました。硬さも自由自在です。
さらにその後、小学校の体育館裏にシマミミズが大量生息していることを発見し川釣りにおいては、ほぼ無敵の地位を確立するのでした。
しかし、いつまでも同じ魚種では飽きもきてしまいます。
幸い鈴鹿山脈のてっぺんまでが校区内ということで時々
あまご釣り
と称していつもより上流へと必死でチャリをこいでいきました。
まぁ、あまご釣りといったところで特別なわけでもなくいつものタックルにいつもの餌でした。
いくらが釣れる、ブドウ虫が釣れるといった情報は持っていたものの小学生には高価すぎて手がでませんでした。
唯一いつもの釣り針だけが
シラハエヤマベ から アマゴ半スレひねり
に交換されました。
まぁ、ほとんどアマゴなんか釣れるわけでもなく結局はいつもの魚釣りになるんですがホント極まれに
あまご、いわなといった魚も釣れましたんで大したもんですね。
とまぁこんな感じで釣りライフを満喫しておりました。
そして、六年生になり先生にも釣り好きを認められ仲間内で理科室の水槽係というものを任せてもらえることとなりました。
当時理科室には水槽が5つほどあり、小魚やザリガニといったものが飼育されておったわけですが釣ってきた魚も飼育してよいということになり、みんなで大量に理科室へ魚を送り込みました。
今思うと虐待に近いですが60cm水槽にカワムツ40匹とかで飼育されてました。
そして、その頃今後の釣り人生を左右する出来事がおこるのでありました。
というわけで、ゆるゆる釣り回想記スタートです。
わたくし、めいるまん現在33歳 ♂
魚釣りとの出会いは、20数年前 小学四年生頃でした。
当時仲がよかった友人(今でも釣り仲間ですが)に誘われ、近所の川へ出かけました。
タックルはいたってシンプル。
のべ竿 ライン ウキ おもり 針
みたいな。
餌は、川で石をひっくり返しカワムシ等をつかまえてました。
自然豊かな(田舎ともいう)所にすんでおりますのでこの仕掛けで
カワムツ、アブラハヤ、ヨシノボリ
といった魚が普通に釣れました。
問題点は、餌を探すのが面倒&保証なし。といったところでしょうか。
しかし、その問題点も画期的発明により払拭されます。
当時、祖母がホンナモン、ご飯粒で釣れるわい。
といい放ち、少年達が開発したのは
小麦粉ネリネリ
小麦粉にお好みの量のみずを混ぜ合わせ練り上げたスペシャルだんごです。
まあ、ただの小麦粉です。
これで、普通に釣れました。硬さも自由自在です。
さらにその後、小学校の体育館裏にシマミミズが大量生息していることを発見し川釣りにおいては、ほぼ無敵の地位を確立するのでした。
しかし、いつまでも同じ魚種では飽きもきてしまいます。
幸い鈴鹿山脈のてっぺんまでが校区内ということで時々
あまご釣り
と称していつもより上流へと必死でチャリをこいでいきました。
まぁ、あまご釣りといったところで特別なわけでもなくいつものタックルにいつもの餌でした。
いくらが釣れる、ブドウ虫が釣れるといった情報は持っていたものの小学生には高価すぎて手がでませんでした。
唯一いつもの釣り針だけが
シラハエヤマベ から アマゴ半スレひねり
に交換されました。
まぁ、ほとんどアマゴなんか釣れるわけでもなく結局はいつもの魚釣りになるんですがホント極まれに
あまご、いわなといった魚も釣れましたんで大したもんですね。
とまぁこんな感じで釣りライフを満喫しておりました。
そして、六年生になり先生にも釣り好きを認められ仲間内で理科室の水槽係というものを任せてもらえることとなりました。
当時理科室には水槽が5つほどあり、小魚やザリガニといったものが飼育されておったわけですが釣ってきた魚も飼育してよいということになり、みんなで大量に理科室へ魚を送り込みました。
今思うと虐待に近いですが60cm水槽にカワムツ40匹とかで飼育されてました。
そして、その頃今後の釣り人生を左右する出来事がおこるのでありました。
2013年11月15日
ゆるゆる釣り回想記 プロローグ
どもです。
さてさて、いつになっても本領を発揮しない
12カーディフci4+ c2000ss さん
昨日、無事2度目の里帰り
シマノさんのもとへ帰って行きました。
これで、改善されなければ・・・。
というわけで、
しばらく釣りに行けませんので
わたくし、めいるまんの釣り回想記でもはじめようかと。
え?需要がない?
まぁまぁ そんなこといわずにお付き合い頂ければと思います。
すべて記憶と言うよりは思い出を元に書きなぐっていきますので、多少?ほとんど?の矛盾はご容赦くだされ。
途中の投げっぱなしももちろんあり!
さぁさぁ、
ゆぅるゆる釣り回想記
はっじまぁるよおぅ。
さてさて、いつになっても本領を発揮しない
12カーディフci4+ c2000ss さん
昨日、無事2度目の里帰り
シマノさんのもとへ帰って行きました。
これで、改善されなければ・・・。
というわけで、
しばらく釣りに行けませんので
わたくし、めいるまんの釣り回想記でもはじめようかと。
え?需要がない?
まぁまぁ そんなこといわずにお付き合い頂ければと思います。
すべて記憶と言うよりは思い出を元に書きなぐっていきますので、多少?ほとんど?の矛盾はご容赦くだされ。
途中の投げっぱなしももちろんあり!
さぁさぁ、
ゆぅるゆる釣り回想記
はっじまぁるよおぅ。